おさかな

あたまわるめの感想文

映画感想「博士の異常な愛情」

米ソ冷戦時代のアメリカを舞台にしたブラックコメディ。

米空軍のリッパー将軍が発狂し、勝手にソ連への攻撃命令を下して立てこもる。作戦室では大統領をはじめとする皆さんがソ連大使を交えて話し合い。電話越しに話すソ連首相の口から「最終兵器(doomsday machine)」なる単語が飛び出し、場は騒然。その「最終兵器」とは、「ソ連が攻撃されたら自動的に世界を滅ぼす」核爆弾。命令取り消しのためにてんやわんやする作戦室とそれを眺めるストレンジラブ博士、聞く耳を持たないリッパー将軍、何も知らずに爆撃に向かう戦闘機の皆さん。世界の運命やいかに、という感じのおはなし。

 

キャラクター ★★★★★ ほんとすき
ストーリー  ★★★★★ ほんとすき
全体的に   ★★★★★ ほんとすき
オススメ度  ★★★★☆ 好みの問題はあるよね。

 

以下ネタバレ感想。

 

最初はコメディだって知らなかったので重たい気持ちで真面目に観てたし、普通にシリアスな戦争モノだと思ってたし、リッパー将軍の頭がおかしいことにも気付かなかった。中盤くらいでこれもう全員死んじゃうやつなのでは?と気付き、こいつら絶対爆弾落とすでしょという軽めの気持ちになり始める。案の定でよかった。

序盤は状況把握のために頑張り、中盤ころになんとなくわかってきて入り込むことができ、終盤は怒涛の加速で置いていかれる。は???状態の頭に染み入るエンディング曲「また逢いましょう」とキノコ雲の映像たち。あまり後味のよくない世界滅亡エンドにこの穏やかな甘い曲をぶつけるという、最高か? 核兵器なんか作りやがったくせにまた会えるわけねえだろバーカ!みたいな感じがして好き。

視聴後はバッドエンドにモヤモヤするような、でも爆発してスッキリするような感じ。眠れなくなるような気分になった。

個人的には大好き。ここから映画にハマった。なので多分色眼鏡が厚め。ごめんなさい。参考にならないね。ぶっちゃけ観た人が同意してくれたらいいな~くらいの気持ちで書いてるので、ほんとオススメ度とかは参考にならないと思います。

 

 

主演ピーターセラーズの一人三役にまったく気付かなくって感動した。

一人目、イギリス人のマンドレイク大佐。ヒゲのおじさん。数少ない良心。リッパー将軍を説得しようとしたら一緒に閉じ込められてしまい、立てこもりに巻き込まれる。将軍の感情を逆撫でせずに話し合おうとする姿やその時の引きつったような笑い声が涙を誘う。しかしラジオを持って平和を説いたり自販機を撃たせて小銭を入手したり、結構つよい奴かもしれないというか、主人公っぽさがある。

二人目、アメリカのマフリー大統領。ハゲかつ眼鏡。数少ない良心。勝手に攻撃命令かます狂人はいるしこのままソ連攻撃すれば?とか言う部下もいるしソ連大使は会議室盗撮マンだし博士もアレだしまともな人間が少なすぎる世界で生きている。つらそう。ソ連首相にも頭が上がらない。みんなに振り回される姿が涙を誘う。すごい面白い。

三人目、元ナチのストレンジラブ博士。グラサンかつ車椅子。兵器開発局の長官。アメリカの会議室で皆さんを眺める。セリフのあるシーンはたった2つだがインパクトは凄まじい。ナチ思想が全く抜けておらず、優生学的な考えや規律と統制の必要性などを語る。大統領を総統と呼び間違えたり興奮すると義手の右手が勝手に某敬礼をかましたりする。

また他の登場人物たちもコメディらしくキャラが濃くてわかりやすい。あたまおかしいリッパー将軍、ふてぶてしいソ連大使サデスキー、血気盛んな爆撃機の機長コング少佐、えらいよく喋るタージドソン将軍など。人の顔が覚えられない人間に優しい。

 

原題の「Dr.Strangelove」は直訳すれば「ストレンジラブ博士」。これを博士の異常な愛情にするとはうまいこと訳したな~と思う。

博士に異常な愛情があるとしたら亡き総統と幻の第三帝国に対してかな~とか考えてしまう。リッパー将軍の祖国への異常な愛情が過激な反共産思想を生み出したり、爆撃への異常な愛情が少佐を爆弾に跨がらせたり、自国への異常な愛情が最終兵器を作らせたりなどするんだろうか。

ところで博士が根っからのナチであることが判明するのは終盤付近の総統発言からだが、それ以前の会話にところどころナチス関連の単語が出てきてなんとなく布石っぽい感じがある。もうソ連攻撃しちゃえば勝てるのでは?とかのたまうタージドソンに「私はヒトラーと張り合うつもりはない」と返す大統領や、ソ連がナチをやっつけた話を持ち出すタージドソンなど。もっと博士の気持ちを考えよう!

あの強そうな博士の思考の根底にあるのが総統およびナチへの愛情なのかと思うと感慨深い。博士もナチの皆さんの宣伝やら演説やらに洗脳された信者の一人なのか。博士の場合元々の思想がナチス的だった可能性もありそうだけども。

 

博士の右手は黒い手袋をはめた義手で、けっこう意に反して動く。エイリアンハンド症候群かな? 自分の右手に首を絞められるシーンは数秒ながら迫真でめっちゃいい。ていうかあのへんの博士の奇行に反応してるのがソ連大使だけな辺り、みんなアレには慣れっこなのかもしれない。だれも気にしていない。

 

吹き替えが二種類あるが、皆さんのキャラがけっこう違って面白い。主に博士と大統領。原語版と併せて三通りが楽しめるわけで、個人的に嬉しいところ。ちなみに旧吹き替えはセラーズの三役を三人の異なる声優さんが演じ、新吹き替えでは三役を一人の声優さんが演じ分けている。 ちなみに自分は新→旧の順に聞いたのでそういう文章です。ご了承下さい。

大統領の、ソ連首相ディミトリーへの態度は新旧吹き替えでだいぶ違う。新吹き替えでは「もしもし、ディミトリーかい?」のシーン、旧吹き替えでは「もしもし、ディミトリーさんですか?」と敬語。媚びを感じる。正直メチャクチャ面白くて最高。大統領の首相との電話シーンはすごい笑えるのでぜひ聴き比べてほしい。「私の方が残念」合戦と「ヒス起こすな」合戦ほんとすき

博士は個人的にはどうしても原語版が良すぎて吹き替えはやや見劣りする印象。原語版ではナチらしい発言は「mein Führer(総統閣下)」だけ。新吹き替えでは二度目の敬礼で「ハイル…」と言いかける台詞が加わっている。旧吹き替えでは二度の敬礼とラストシーンにおいて計三回「ハイルヒットラー!」というド直球の台詞が叫ばれる。右手どころか口まで言うことを聞かないのか…。旧吹き替えの博士は語調が強くなる場面が多い。新版の「歩けます!」が「私は歩けるぞー!」など。つよそう。人間やめそう。また右手の奇行をはじめ苦しむような演技が多く、ここは役者の個性が出るところだと思う。好きなら三種類観て損はないはず。

それから新吹き替えの方ではソ連大使のロシア語とコング少佐の断末魔が原語版のまま使用されているが旧吹き替えではきちんと吹き替えられている。少佐の断末魔はさすがに原語版に勝るものはないけどロシア語を喋る滝口順平(!)っていうのは貴重な気がする。

 

あと有名な幻のラストシーン。最後もう色々ダメになっちゃった後、流れでパイ投げ戦争が発生する。でもこれだと安っぽい喜劇になっちゃうということで削除。日本でも一度だけ放映されたらしいがディスクでは削除。関係者へのインタビューでもボロクソ言われており、本当にダメっぽい。なお写真は数点残っているらしく、ググるだけでも出てくる。顔面にパイ食らってるピン写真がある大統領ほんとに不憫ですき

当初の大統領のキャラは吸入器が手放せない面白めのおじさんだったらしいが、「こういう場には一人はまともなのがいなきゃいけない」との判断でまともおじさんに変更されたらしい。えらい。狂人リッパーについてるのも常人マンドレイクだし、暴走しそうなコング少佐についてるのもまともな部下だし、このへんもそういう感じがする。ボケとツッコミっていうのはやっぱり必要なんだろうな。